必殺からくり人 富嶽百景殺し旅

テレビ東京放送版(2005/09/12~2005/10/03)
 第1話「江戸日本橋」
 第2話「隠田の水車」
 第3話「駿州片倉茶園ノ不二」
 第4話「神奈川沖浪裏」
 第5話「本所立川」
 第6話「下目黒」
 第7話「駿州江尻」
 第8話「甲州犬目峠」
 第9話「深川万年橋下」
 第10話「隅田川関屋の里」
 第11話「甲州三坂の水面」
 第12話「東海道金谷」
 第13話「尾州不二見原」
 第14話「凱風快晴」

2005/09/18~2005/10/15 記
第1話「江戸日本橋」
2005/09/18 記

 東海道五十三次殺し旅の噂を聞きつけた浮世絵の版元、永寿堂与八は同じ事(絵の中に殺しのにおいをひそませ、それをあぶり出して赤くみせ、からくり人達がその悪を始末する)を今度は葛飾北斎の絵で行おうと画策する。永寿堂の表稼業は浮世絵の版元だが、裏稼業は殺し屋なのだ。しかし手駒の足りない永寿堂はその殺し旅を安藤広重が画策した東海道五十三次殺し旅をやってのけたお艶一行に依頼する。そしてその最初の依頼は津軽三味線が響き渡る阿片密売のからくりだった。

 と、そんな感じで、この『必殺からくり人 富嶽百景殺し旅』は『新必殺からくり人 東海道五十三次殺し旅』の完全なる続編として始まっている。とはいえ、キャラクタとして残っているのはお艶さん(山田五十鈴)だけで、ブラ平(芦屋雁之助)は宇蔵と名前を変え、その他のキャストは総入れ替え、ジュディ・オングに至ってはいなくなってしまっている。

 それでいて話の方は前作と変わらずあぶり出しの殺し旅。第1話で江戸ところ払いになるところまでそのままだ。とはいえ、さすがに第1話、そして、山田五十鈴得意の津軽三味線ネタ。迫力は十分で、しかも新たな殺し方法がいくつも出てきて、飽きさせない。つか、火吹きのブラ平が頭蓋骨砕きの宇蔵になるとは……スゲェというか何というか。
第2話「隠田の水車」
2005/09/18 記

 江戸近くのとある村近郊で拐かし(かどわかし。誘拐の意)が頻発していた。その村を通りかかったお艶一行は待ち受けていた唐十郎に出来上がった葛飾北斎の絵を渡される。その水車小屋の書かれた絵から赤く浮かび上がったのは一匹のカメだった。すくない手がかりを元に、からくり人達は村で行われている悪事を探り始めるが……。

 からくり人達のキャラクタ性を掘り下げている訳では無いのでいまいち感情移入できない。山田五十鈴氏や芦屋雁之助氏はおなじみすぎて"いつもの"感が強いが、それ以外となると、正直、良く解らない。殺しの仲間、以上の存在感が全く感じられないのだ。なぜ一緒に行動しているのか。なぜ殺しを生業にしているのか。そういう掘り下げが、果たして今後あるのだろうか? 無いのだろうか?

 で、第2話だからか冒頭のナレーションが始まったのだが、これが「神や仏がいなさって、悪を罰してくださると、小さいときに聞きました――」と、ビビッと来る内容で、こいつが元ネタだったのか、と感心することしきり。いや、このフレーズの初見が『カオシックルーン』だったからでさ……必殺シリーズで使われていたフレーズだってのは聞いてたけど。

 しかし、第2話にして殺しの数が外野の唐十郎が飛び抜けて多いってのはさすがにちょっと。ザコ担当という分をさっ引いても手を抜いている様にしか見えないんだが。やがて活躍する場が用意されているんだろうか?
第3話「駿州片倉茶園ノ不二」
2005/09/18 記

 駿州小島藩は小さな藩であったが、特産のお茶を将軍家に取り立ててもらい、より石高を増やそうと画策していた。その背を押したのは将軍家茶道の師匠、千阿弥。千阿弥は参勤交代で江戸に出向いていた小島藩の殿に対して御飲料として小島藩の茶を、とそそのかしていたのだ。それをエサに金品や、果ては家老の娘までをその歯牙に掛ける千阿弥。藩内の若き志士は千阿弥を切ろうと画策するが、お艶一行と相まみえた家老はそれをたしなめる。やがて天誅が下るだろうと、その心中に期待しながら。

 多少はからくり人達の掘り下げができたが、うわべだけでどうにも深みに欠ける。むしろ、その辺りを期待する方が間違っている、と言うことなのだろうか? 物語としては面白くはあるが尖っているわけではなく、どうも心に残らないのもイマイチな点の一つ。エンタテイメントとしての完成度という点においては明らかに高レベルを維持しているンだが、かといって、それが心に残ったり、心に響いたりするわけじゃないんだよなぁ。つか、相変わらず唐十郎が殺しのほとんどを引き受けてるし。
第4話「神奈川沖浪裏」
2005/09/18 記

 初鰹を巡る商売で、神奈川の網元にちょっかいを出す上総屋。その策略はうまくいき、莫大な利益を得る。その事を調べ始めたからくり人達だが、一人、上総屋を調べに江戸に戻った唐十郎は島抜けしてきた三兄弟に声を掛けられる。今度の仕事を降りないかと。どうやら上総屋と唐十郎の間には並みならぬ因縁があるようだ。やがて上総屋に捉えられた唐十郎は激しい攻めを受けながらその過去をほじくり返される。強い痛みを伴って……。

 どうもキャラクタ描写に難があると思っていたからくり人初のキャラクタ掘り下げ回。それが唐十郎というのもアレだが。つか、波が赤く染まる絵から上総屋に繋がる意味がわからない。唐十郎の個人的な怨み以上の事がそこには合っただろうか? そりゃ、上総屋が裏で手を引いて相模の魚を江戸に持ち込ませないように画策していたけど、どうもその辺りは印象に残らなすぎる。

 逆に唐十郎の過去が鮮明に語られたことによってそちらの方に感情移入してしまい、物語が「唐十郎を助ける」以外に見えてこないのも難点だ。つか、改めて言うが、どうして唐十郎なんだろう? 美形だから?
第5話「本所立川」
2005/09/18 記

 殺しの手がかりを求めて宇蔵と鈴平は釣りを始める。今回、赤く染まったのは川なのだ。しかし釣り好きの鈴平、情報を集めるどころか思わず釣りに熱中し、結構な釣果をあげることに。そんな嬉し顔の鈴平を河童の噂で脅す宇蔵だったが、そこに本当に河童の声が聞こえてきた。直後、無くなってしまう魚篭。そんな驚く二人の様子をうかがう少女。宇蔵がそのことに気がつくと娘は逃げ出すが、やがて宇蔵たちに捕まってしまう。一言も喋らないその娘に手を焼くからくり人達だったが、その夜、娘の姿は消えてしまった。河童達と共に。

 いきなりうさぎ役の高橋洋子が交代真行寺君枝に交代。目立たない役出はあったが、からくり人一行がいきなり配役交代とは。いや、別に良いけどさ。

 話内容としては老人と子供という黄金タッグなのであまり言うこともなし。殺しの対象となる旗本達の容赦の欠片もない悪辣ッぷりも良し。ただし、怨み分がさっぱり抜け落ちているのが難。もはやそう言うコンセプトですら無くなっているということだろうか? それはそれでもかまわないが、僕が必殺に期待しているのは勧善懲悪な展開よりも暗くてドロドロとしたものなんだが……。
第6話「下目黒」
2005/09/24 記

 氏神のお堂の屋根を巡って、鷹匠と百姓の間に諍いがあった。お堂の屋根を修理するのに必要な茅が生い茂っているのは鷹匠が鷹の訓練に使っている狩り場の中心で、その茅をたてに鷹匠達は百姓衆からあれこれと搾り取っていたのだ。それどころか、屋敷奉公と偽り、取り立てた村娘を女郎に売ってすらいる鷹匠達。やがて妹を殺された一人の小作人が鷹匠達に反旗をひるがえすが、やがておいつめられ斬り殺されてしまう。からくり人達は鷹匠達を仕事の相手と認め、その仕事を始める。

 絵面敵には百姓を食い物にしている悪徳侍をからくり人達が始末する、という話。鷹匠(たかじょう。鷹狩りの鷹を飼育する役職)という耳慣れないものが出てくるが、鷹自体はあまり物語には絡んでこない。いつもの通り、その利権による傍若無人っぷりが中心だ。

 しかし解らないのは茅の存在だ。屋根を新しい茅で葺きなおしたいというのは解るが、茅ってのはそんなに入手性の悪い植物なんだろうか? それとも、鷹匠の支配地が広すぎるのか? どうもその辺りが解らないので、その危機感自体が伝わってこない。つまり、感情移入ができない。いや、最初に書いたとおり鷹匠であることを除けばその他は典型なので解らなくもないンだけどさ。
第7話「駿州江尻」
2005/09/24 記

 旅の道すがら、唐十郎は男に襲われている女を助ける。が、その女、どうやら訳ありらしくお礼もそこそこにいなくなってしまう。やがて待ち合わせたからくり人達と江尻に入った唐十郎は、そこで将軍家への献上船にまつわる悪行を目にすることに。100年に一度の大商いと言われる献上船を巡って、江尻では殺しが頻発していたのだ。

 これまでの構成を見る限り、完全に唐十郎が主人公で、からくり人達はむしろ脇役として扱われている。なんだかんだで表に立ち、数多くの義憤にかられる唐十郎は誰の目から見ても主人公としか言いようがない。それでワリを喰っているのは宇蔵で、活躍の場なぞほとんど無く、ひょうひょうとした芦屋氏の演技があまり見られないのは残念でしょうがない。結構、好きなんだけどなぁ……。
第8話「甲州犬目峠」
2005/09/24 記

 やすき節の公演中、旅の疲れからか倒れてしまうお艶。一行は唐十郎との待ち合わせ宿に向かおうとするお艶をなだめながらお艶の回復を待つ。唐十郎との待ち合わせ場所に一人向かう鈴平。やがて戻ってきた鈴平と唐十郎の持ってきた絵からは旅人の姿が赤く浮かび上がった。調べてみると、どうやら近くの山で農民風の男が死んだらしい。そしてその男と一緒に居たようすの黄金屋と言われる商人風の男達。調べを進めるからくり人達の目の前で、金山を巡る悪行が始まろうとしていた。

 時代劇で良く出てくる『佐渡の金山』ではなく、甲州(山梨)の山中にある金山を巡るお話。温泉を探している最中に偶然金鉱脈を見つけた百姓を騙して殺した黄金屋と金密造をたくらむ金山奉行とのたくらみを、江戸から密かに派遣されていた目付役が暴こうとするがあえなく返り討ちにあい、そんな彼らをからくり人達が始末する。

 かといって、その目付役、からくり人達と大して絡むわけでもなく、物語を解りやすくする以上の存在にはなっていない。裏稼業であるからくり人と公儀隠密が絡む、というのも不自然かも知れないが、最後まで影の薄い目付役がどことなく哀れに思える。旗本次男で報われない人生を送っている、という掘り下げまでは面白かったんだが。
第9話「深川万年橋下」
2005/10/08 記

 深川一帯を仕切っている辰巳一家。その縄張りの中で賭場を開き、縄張りを荒らしている旗本崩れの集団、雷党。二つの組織の争いはとどまることを知らず、その激しさは増す一方だった。そんな中、話し合いの場を設けるネタとして交換されていた人質が雷党の党首、本間左近の手で切られてしまう。しかし、その人質は辰巳一家ゆかりの者ではなく、「人質まかない」と称する商いをする、堀田忠典率いる没落武士達の間から出た人質だった。お家再興のため、と殺された人質の母親おたきはたしなめられるが、あきらめられるわけもなく、一人、雷党への探りを入れるのだった。

 矢鱈に演出が凝っている回。止め絵、スローモーションはもとより、ナレーションや殺陣に至るまで、これまで見なかったような演出に溢れている。そう言う意味では実験的な回であったかもしれないが、我が子を思う深い怨みと良い、ネタとしても面白く、また、それら演出も目を引くものがあり、かなり面白い内容に仕上がっている。毎回、これぐらいやってくれるとかなり楽しめるのだが、さすがにそれは高望みし過ぎか。つか、本当強引だよな、絵と事件の繋がり方は。
第10話「隅田川関屋の里」
2005/10/08 記

 街道を急ぐ三騎の馬。それを足で追いかける一人の男。将軍家御馬番 永井源八以下3名だ。彼らは将軍の愛馬、秋月を捜してやってきた。秋月は病気療養中、行方不明になってしまったのだ。その裏には勘定奉行 鬼丸(!)主膳が暗躍しており、その配下、稲取権三郎が実行犯として秋月を誘拐してしまったのだ。挙げ句、その調査に来た永井らを稲取は捕らえ、斬り殺してしまう。からくり人達はその裏を暴き、鬼丸らの屋敷に向かう。忠義の果てに死んだ永井らの怨みを晴らすために。

 スローモーション演出再び。好評だったのだろうか? 永井らが斬り殺されるシーンがスローモーションになっており、より印象を深めている。更に最後の殺陣に入る寸前、唐十郎さんと鬼丸とのとのやりとりが異様に決まっていたり、それに対応するようにお艶さんと稲取とのやりとりも決まっていたりして、見ていて面白い。しかも、そんな台詞のやりとりだけでなく、映像としてもテンポ良くガメラを切り替えることによって、スピード感のある殺陣を演出している。そのあたり、ものすごく好印象。続けて欲しいもんだ。 つか、白馬で将軍って事は、もしかして暴れん坊……?
第11話「甲州三坂の水面」
2005/10/08 記

 北斎先生から送られてきた逆さ富士の謎を追うからくり人達。そんな彼ら等の前に現れたのは年貢をまかなうために食い扶持すら減らしていく村の姿だった。北斎の描いた逆さ富士とは、口減らしのために湖に沈められた老人達の事だったのだ。しかし、だとすると悪人がいるわけでもなく、からくり人達は途方に暮れてしまう。そんな中、庄屋の家に武士と商人がやってきた。庄屋と彼らは結託し、農民から必要以上に米を取り立て、それを闇市場に流して大もうけしていたのだ。そのことを知ったからくり人達は身を震わせるほどに怒りを感じる。そしてお艶は一言発する。「殺してやる」、と。

 虐げられた者の悲哀が十二分に表現されており、感情移入度はひたすら高い。また、殺しのシーンでも最後に残った庄屋を湖に沈めるまでの演出が印象深く、その凄惨さをより際だたせている。つか、殺しのシーンで三度笠を被ったままのお艶さん、というのは初めてじゃないだろうか? 湖面の照り返しで影になる唐十郎さんがたっぷりのタメの後に庄屋を湖に沈めるのも、それを見届けて目線を三度笠で隠すお艶さんも、その全てが怒りと悲哀に満ちており、見ていて満足度が異様に高い。しかし、どうしたんだ? ここ三回ばかり、妙に面白い。何か現場で変化でもあったんだろうか?
第12話「東海道金谷」
2005/10/15 記

 川縁にある宿場金谷。川を渡り、その金谷へむかうからくり人達だったが、鈴平だけは唐十郎を一人、河原で待っていた。今にも雨が降り出しそうな天気にやきもきする鈴平だったが何とか間に合った唐十郎と共に川を渡り始める。と、そこに一人の女が駆け込んでくる。名はおふじ。おふじは何とか川渡しの人足に頼み込むと、担ぎで川を渡してもらう。金谷にいる娘に早く会いたい一心だった。

 しかし、その渡った先では、おふじの娘、キヌが自殺を図っていた。絶望に浸るおふじ。おふじは娘の墓がある金谷で働き始めるが、やがて本陣を巡る企みに巻き込まれていく。それは娘のキヌをも死に追いやった悪党共の企てだった。宇蔵はそんなおふじに深く同情するが……。

 実はこの話、川の渡しを牛耳っている川庄屋と道中奉行があくどい商売をする最中、本陣の株を狙っている脇本陣がその手助けをする、という構図で、おふじ自体の話はあまり大きく関わってこない。にもかかわらず、宇蔵さんの思い入れが強かったのが、娘が自殺した桜の木の下で二人が話をする、というシーンが大きくとられており、常にお艶さんの影に徹してきた宇蔵さんにしてはめずらしい行動といえる。

 それを見抜いてか、おふじさんが危ないと脇本陣に走る宇蔵さんに対し、お艶さんが「あんたの商売は殺し屋なんだからね」と釘を刺すシーンが印象的。それに対して宇蔵さんが頷くまでのタメの間に、眉をひそめた唐十郎さんが映し出されるのも。

 しかし、本当に何か変わったのか、殺しのシーンでそれぞれが一言、キメの様な台詞を言うようになってきた。例えば今回、唐十郎さんが川庄屋を始末するときに言ったのは「おめぇの商売 闇渡し。俺のは闇殺し」。微妙に決まっていない様な気もするが、格好良いことは格好良い。また、殺陣の動きや演出が激しく、そして派手になっているのも相変わらず。あのお艶さんですら大きく動くのだ。なんかもう、スゲェですよ。
第13話「尾州不二見原」
2005/10/15 記

 10年ぶりに江戸から帰ってきた女、おりん。しかし、返ってきた先には肉親や許嫁どころか、村そのものすら全てが無くなってしまっていた。おりんは顔見知りを捜して村の行方を聞いて回るが、皆口を閉ざし、詳しいことは解らない。そのあげく、口を開きかけた男が銃殺され、益々謎は深まるばかり。そんな中、景気の良い尾張屋を探っていた鈴平は醤油樽の二重底に隠されたご禁制の朝鮮人参を見つける。どうやら、尾張屋の景気の良さはこれが支えているらしい。その出元をさぐるからくり人達だが、行き着いた先は山奥深くに隠された朝鮮人参の隠し畑だった。そしてそこにはおふじの許嫁、清吉の姿も。からくり人達はおふじと清吉を合わせてやるが清吉の口から出た言葉は……。

 おふじを中心に話は広がりを見せるんだけれど、拡散する一方で全然収拾してこないのが何とも。特に北斎先生の絵にも描かれていた大樽を作っている職人なんて、からくり人達がおふじに声を掛けるきっかけ(しかも弱い)程度にしかなっておらず、存在そのものに疑問を持たざるを得ない。また、金儲けにとりつかれた清吉も10年前の姿や今に至る変遷の理由が描かれず、昔の女を捨てた男、位にしか見えてこない。10年という歳月の重みは、そこには感じられないのだ。なぜ闇畑で(むしろ望んで)働いているのかも直接描写されたわけでもなく、どうにも解りづらい。

 つか、前回までの勢いはどこに消えてしまったんだろう? あんなに印象深かったのに。
第14話「凱風快晴」
2005/10/15 記

 お艶一行は唐十郎から新たな依頼を受ける。しかしそれは殺し絵を描いてきた北斎先生を殺してくれという不可解な以来だった。疑問を抱きながらも江戸に戻ったからくり人達は、しかしそこであっけない裏話を打ち明けられる。借金の取り立てや絵の催促であまりに身辺がうるさくなった北斎が業を煮やし、自分を死んだことにして欲しい、そういう事情からでた依頼だったのだ。そのことに笑いながらも依頼を遂行し、北斎を殺したことにするからくり人達。しかし、北斎は逃げ出した先の宿で強烈なインスピレーションを得て、再び江戸で絵を描きたいと言い出す。一切の自由を奪われても絵を描ければそれで良いと。けれど、死んだ(事になっている)北斎の絵で一儲けをたくらんでいる商人達にとって、それは邪魔でしかない行為であった……。

 どこまでもひたすらに身勝手な北斎だが、ただひたすらに絵を描きたいという欲望のみに純粋であるが故に憎めないキャラになっている。本当にどうしようもなく甲斐性なしのろくでなしだが、その姿はむしろコミカルですらあり、「しょうがないな、このじいさんは」という雰囲気になっているのだ。そんな北斎が俺は人物が描けるようになった! と、驚くほどの興奮を持って帰ってくる様は喜びに満ちているし、絵を描くためには土蔵に閉じこもってもらうという版元の条件にもさほど悩むことなく承知する様はまさに「絵狂い」と言っても過言ではなく、その後、更に書かれる(自分が殺されかけた)殺陣の書き写しなどは凄みすら感じさせるぐらいだ。

 それと平行して、唐十郎と凄腕の浪人との、お互いの腕を見込みあった勝負心も面白い。差しつ差されつのその勝負は、結局、その勝敗が決することは無かったが、死んでしまった浪人に対する唐十郎の「まだ勝負はついてませんぜ」という一言に全てが集約していると思う。つか、本当にヒロイックで格好良い男だ、唐十郎。

 そして、前回の最終回同様、ひっそりと去っていくからくり人達。うさぎもやはり唐十郎を追いかけることなく一座について行く。つか、本当に前回同様としか言いようがない。寂しげな終わり方ではあるのだが、最初のからくり人のような凄惨さと強烈さはほとんど無いので、どうにも物足りなさを感じてしまう。殺し合いの最後は双方相打ち、全滅ってのが、僕の中で唯一に近い終着点になっているのかも知れない。
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